「複雑型子宮内膜異型増殖症」と診断されたとき、頭が真っ白になりました。
妊娠を望んでいたのに、まず向き合わなければならないのは、前がん状態の病気の治療。手術、ホルモン治療、そして再発のリスクを抱えながらの妊活——思い描いていた道とはまったく違う現実でした。
この記事では、複雑型子宮内膜異型増殖症の治療から寛解、そして不妊治療を再開するまでの経緯をまとめています。採卵・移植・流産の経験も含め、同じ病気や不妊治療に向き合う方の参考になればと思い綴りました。
複雑型子宮内膜異型増殖症、そして寛解へ
複雑型子宮内膜異型増殖症と診断され、子宮内膜全面掻爬術を受けたあと、高用量黄体ホルモン療法(ヒスロンH)で治療を続けました。
そして、寛解。不妊治療を再開できることになりました。
ただし、この病気は再発リスクがあるため、担当医からは「すぐに体外受精などの高度不妊治療に進むべき」とすすめられました。
不妊治療は専門クリニックへ
大学病院の不妊治療と、不妊専門クリニックでは治療レベルに大きな差があると聞き、もともと通っていた不妊専門クリニックへ戻ることにしました。
不妊治療スタート:タイミング法→人工授精→体外受精へ
ステップ1:排卵誘発剤+タイミング法
排卵誘発剤を使用しましたが、排卵せず。
ステップ2:排卵誘発剤+人工授精
次のサイクルで人工授精を行いましたが、妊娠には至りませんでした。
ステップ3:体外受精へ
再発リスクがあることから、早めにステップアップし、体外受精へ進みました。
採卵:39個、でも「全滅しかけた」
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のため、39個の採卵ができました。
ただし、採卵翌日に卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を発症し、1日仕事を休むことに。
39個のうち、5日目胚盤胞まで育ったのは11個。途中、全滅しかけたと後から聞かされました。
多嚢胞の場合、卵は多く採れる反面、質が伴わないことも多いようです。
1回目の移植で妊娠判定——そして流産へ
1回目の移植で、妊娠判定が出ました。
喜びもつかの間、心拍確認の翌日に少量の出血。心拍が弱くなっており、「今回は育たないだろう」と告げられました。
次の診察では心拍が確認されず、1週間経っても自然排出されず、稽留流産と診断されました。
流産後の心と体
初めての妊娠と流産。
この時期は、テレビに子どもの姿が映るだけで、気づいたら涙が出ているような状態でした。
急激なホルモンの減少も重なり、気持ちが不安定になります。子宮収縮剤による痛みも強く、トイレで一人、冷や汗をかきながらうずくまるほどでした。
不妊治療中の抑うつ症状は、多くの方が経験するという調査結果があります。振り返ると、私もこの時期、確実にその状態にありました。
今だから伝えたいこと
当時は保険適用外だった不妊治療も、現在は保険が適用されるようになりました。治療を受ける人が増えるなかで、メンタルケアの重要性もより広く認識されてほしいと思っています。
流産の辛さは、その後に妊娠・出産を経験した今でも、ふとした瞬間に思い出すことがあります。でも、時間とともに、少しずつ和らいでいきました。
同じ経験をされている方に、この記事が少しでも届けば嬉しいです。




コメント